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    <title>編み物 on イロフル</title>
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    <description>Recent content in 編み物 on イロフル</description>
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    <copyright>2026 イロフル · irofull</copyright>
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    <item>
      <title>編み物を始めたら、心が整った話。祖母から受け継いだ、同じことの繰り返しの豊かさ</title>
      <link>https://irofull.pages.dev/posts/knitting-story/</link>
      <pubDate>Tue, 21 Apr 2026 00:00:00 +0900</pubDate>
      <guid>https://irofull.pages.dev/posts/knitting-story/</guid>
      <description>&lt;p&gt;編み物をするようになって、何年か経つ。始める前は、こんなに長く続くとは思っていなかった。&lt;/p&gt;
&lt;h2 id=&#34;編み物を始めたきっかけ&#34;&gt;編み物を始めたきっかけ&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;祖母が、編み物をする人だった。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;子どもの頃、ベストを編んでもらったことがある。布団カバーも、祖母の手作りだった。当時はそれが特別なことだとは思っていなかったけれど、今になって思い返すと、あれはとても手のかかるものだったのだと気づく。時間と愛情が、一目一目に込められていた。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;母も昔は編んでいた。若い頃の写真に、手編みのセーターを着た姿が残っている。でも今はもうやめてしまって、棒針もかぎ針も、どこかにしまわれたままだ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;私が編み物を始めたのは、以前住んでいた街がきっかけだった。最寄り駅の近くに、おしゃれな毛糸屋さんがあった。ショーウィンドウに飾られた色とりどりの毛糸と、丁寧に編まれたサンプルに引き寄せられるように、ある日ふらりと入った。それが始まりだった。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そこで教室に通い始め、今は引っ越してしまったけれど、時折足を運んで教えてもらっている。&lt;/p&gt;
&lt;h2 id=&#34;やってみて気づいたこと&#34;&gt;やってみて気づいたこと&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;編み物は、繰り返しだ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;編み始めと編み終わりに少し集中が必要なだけで、あとはひたすら同じことの繰り返しになる。棒針なら表目と裏目、かぎ針なら細編みや長編みを、ひたすら続ける。最初はそれが単調に感じるかもしれないと思っていた。でも実際にやってみると、まったく逆だった。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;その繰り返しが、思いのほか心を整えてくれる。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ざわざわしているとき、頭の中がうるさいとき、手を動かしていると、少しずつ落ち着いていく。考えすぎていたことが、ほどけていくような感覚がある。祖母が毎日のように針を動かしていたのは、きっとそういうことだったのかもしれない、と今は思う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;できあがったときの喜びも、格別だ。世界にひとつだけの、自分だけのものができる。市販のものではなく、自分の手でつくったものを身につける感覚は、なかなか言葉にしにくいけれど、静かな満足感がある。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;それから、色との出会いもある。毛糸屋さんに並ぶ糸は、日常ではなかなか手に取らないような色が揃っている。くすんだテラコッタ、深い森の緑、少し紫がかったグレー。編み物を始めてから、自分が選ぶ色の幅が広がった気がする。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;もうひとつ、これは完全に個人的な感想なのだけれど、編み物をしている人にはいい人が多い。教室で出会う人も、糸を選んでいる隣のお客さんも、どこかおだやかで、人の話をちゃんと聞いてくれる人が多い。手を動かすことで、何かが育まれるのかもしれない。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そして、手編みのものを身につけていると、たまに気づいてくれる人がいる。こちらから「手編みなんです」と言う前に、あちらから「それ、手編みですか？」と声をかけてくれる人。そういう人は、決まってとてもいい人だ。これも個人的な法則だけれど、今のところ例外がない。&lt;/p&gt;
&lt;h2 id=&#34;実は経済的でもある&#34;&gt;実は経済的でもある&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;編み物には、もうひとつ知られていない魅力がある。経済的なのだ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;毛糸はほどくことができる。編み直せる。着なくなったセーターも、毛糸に戻して別のものに生まれ変わらせることができる。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;教えてくれているマダム先生は、実際にそれを実践している。長袖のセーターを、季節が変わったら半袖に。さらに暑くなったらノースリーブに。同じ糸が、形を変えながら長く使われる。はじめて聞いたとき、目から鱗だった。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ただ、そのためには先行投資の考え方が大事だ、とも教わった。安い糸は、何度もほどいたり編んだりしているうちに傷んでしまう。最初からトラディショナルで良質の糸を選ぶこと。それがマダム先生の変わらない教えだ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;確かに、良い糸は高い。でも長く使えて、ほどいて編み直せるなら、結果的には安上がりになる。そう考えると、納得がいく。&lt;/p&gt;
&lt;h2 id=&#34;編み物が私に教えてくれたこと&#34;&gt;編み物が、私に教えてくれたこと&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;私にとって編み物は、心を整える時間だと思っている。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;同じことの繰り返しの中に、静けさがある。できあがったものの中に、時間が積み重なっている。祖母が編んでくれたベストのことを、私は今でも覚えている。形はなくなっても、あの温かさは残っている。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;私が今編んでいるものも、誰かの記憶の中に残るといい。そんなことを思いながら、今日も針を動かしている。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;詳しい編み方や道具については、あみフル（近日公開予定）で書いていきます。乞うご期待！&lt;/p&gt;</description>
    </item>
    <item>
      <title>酒場と編み場。なぜか同じ話ができる、不思議な共通点</title>
      <link>https://irofull.pages.dev/posts/sake-knitting/</link>
      <pubDate>Tue, 21 Apr 2026 00:00:00 +0900</pubDate>
      <guid>https://irofull.pages.dev/posts/sake-knitting/</guid>
      <description>&lt;p&gt;お酒の席でなぜか本音が出た、何でも話せてしまった——そんな経験、ありませんか。
実は編み物をしながら話すとき、不思議と同じことが起きるんです。
酒場と編み場、まったく違う場所なのに、なぜだろう。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;h2 id=&#34;飲みながらだと重い話も軽い話も同じ温度で話せる&#34;&gt;飲みながらだと、重い話も軽い話も同じ温度で話せる&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;飲みながらだと、重い話も軽い話も同じ温度で話せる。
しょーもないことを真剣に語ったり、逆に「それ、私のツボ！」みたいな本質をぽろっと言う人がいたり。
20代後半、ショットバーでバイトしていた私は、カウンター越しにそういう瞬間をたくさん見てきた。
お酒の場って、フィルターが外れる場所なんだと思う。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;h2 id=&#34;編み場でも同じことが起きる&#34;&gt;編み場でも同じことが起きる&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;祖母はいつも忙しそうだった。
でも編み物をしているときだけは、そこを動かない。
子どもの私は、それを知っていた。祖母の隣に行きさえすれば、独占できる。何でも話せる。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;編み棒を動かしながら、祖母はいろんな話をしてくれた。
本の話、昔の話。大正生まれの祖母は養女に出され、行った先の父が軍服を縫う人だったから、みんなが着物を着ていた時代に洋服を着せられていたこと。それが恥ずかしかったと、笑いながら話してくれた。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;あの話を、祖母は編み物をしながら話してくれた——と思う。
正確には覚えていないけれど、きっとそうだったはずだ。
編み棒が動いていたから、出てきた話だった気がする。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;h2 id=&#34;なぜそうなるのか&#34;&gt;なぜそうなるのか&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;なぜそうなるのか、学術的なことはよくわからない。
でも私なりに思うのは、脳が編み物に夢中になっているから、重い話か軽い話か、判断する余裕がなくなるんじゃないかということ。
ガードが緩む、というか、ガードを張る隙がない。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;これ、心理学では「side-by-side communication」と呼ばれているらしい。
正面から向き合うのではなく、同じ方向を向きながら話す状態のこと。
酒場のカウンターも、編み場の隣も、構造としては同じなんだそうだ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;お酒はもっと直接的で、酔って脳のブレーキが緩んだ状態。
編み物は、シラフのまま、自然にそうなってしまう。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;h2 id=&#34;体も勝手に落ち着いてる&#34;&gt;体も勝手に落ち着いてる&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;そしてもうひとつ、編み物をしていると、体の方も勝手に落ち着いてくる。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;棒針を動かす、同じ動きを繰り返す。ただそれだけのことなのに、気づくと呼吸が深くなって、肩の力が抜けている。
あの「ふーってなる」感覚、実は体がちゃんと反応している。
繰り返しのリズムが副交感神経を刺激して、セロトニンが分泌される——らしい。
難しい話は置いておいて、要するに、編んでいると体が勝手にリラックスモードに入るということだ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;脳はガードを張る隙がなくて、体はリラックスしている。
そりゃ、本音も出るよなあ、と思う。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;お酒がなくても、カウンターがなくても。
毛糸と棒針一本あれば、あの酒場の感覚が作れる。
しかもシラフで、翌日に残らない。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;編み場って、実はかなりすごい場所なんじゃないかと、最近思っている。&lt;/p&gt;</description>
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